バン台寺の絵馬
福山市沼隈町
沼隈半島に阿伏兎観音があります。この観音様は昔から海の守り神として深く信仰されていました。
阿伏兎の瀬戸を行き交う船人たちは、
「無事に航海が続けられますように」
と熱心に祈りをささげていました。
江戸時代の中ごろのころです。
船で糸を仕入れていた江戸の商人たちが、航海の安全を願って絵馬を奉納することになりました。
奉納された絵馬には、五頭の馬が描かれていました。
顔の表情、しなやかな動きなど、どこを見てもまるで生きているかのような馬の絵でした。
絵馬が奉納されて何日かが過ぎたころのことです。
朝になると、能登原村の田んぼや畑の農作物が食い散らされ、踏み荒らされているのが見られるようになりました。
「さては、またイノシシが悪さをしようるようじゃのう。」
と考えた人々は、イノシシを捕まえてやろうと、物陰に隠れて見張りをすることにしました。
すると、どうしたことでしょう。
目の前に現れたのは、イノシシではなく、五頭の馬だったのです。
そこらじゅうを走り回って、農作物を食い荒らしているのです。
そのころ、能登原村では馬を駆っている家は一軒もなかったので、
「どこからやってくるんじゃろう。不思議なことじゃ。」
と村人たちは首をひねりました。
村中総出で馬の住みかを探し回りましたが、ついに見つけられませんでした。
しかし、夜になるとどこからともなく馬が現れて作物を荒らし続けるのでした。
困った村人たちは、相談して交替で見張りをすることにしました。
そんなある夜のことです。
しんしんと夜がふけ、あまりの静けさに見張りをしていた村人が、ついウトウトし始めた時です。
ダッダッダッ
不審な音にあわてて目をあけて見ると、五頭の馬が阿伏兎の参道から走り出てきているのです。
村人たちは、このことを住職に話しました。
「まさかそんなことはあるまいが、ひょっとして奉納された絵馬から走り出たんじゃろうか。」
と思った住職は、村人たちと一緒に絵馬を見に行きました。
すると、絵馬に書かれているはずの五頭の馬の姿が無いのです。
ところが、翌朝になってみると、馬はもとどおり絵馬にきちんとおさまっていました。
住職は、
「腹を減らして、夜になると抜け出しておったんじゃろうか。村の衆に迷惑をかけてしもうたのぉ。」
さて、どうしたもんかと、村人を集めて相談しました。
「腹を減らしておるんじゃから、馬のえさとなる青物を絵馬に描き加えたらどうじゃろう。」
それはいい考えだと、さっそく絵のうまい村人が筆をとり、描き加えました。
その後、馬はぱったりと出歩かなくなったということです。
そして、前にもまして生き生きとした馬の姿が絵馬に見られるようになったということです。
出典:『びんごむかしばなし 第1巻』
河野寛 編・発行/備後出版情報センター/平成6年(1994年)